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お気に入りの雑貨・文房具集めました。

飾ればお部屋が美術館*中原淳一さんの飾り皿

尊敬するアーティスト、中原淳一さんの作品です。

飾り皿 椿姫 中原淳一

尊敬する方や好きな人を人に説明する時、「歌手の〇〇さん」「スポーツ選手の〇〇さん」「小説家の〇〇さん」というように、その方のお仕事を言うことで分かりやすくなります。

ただ私の尊敬する中原淳一さんは特定の〇〇と〇〇にあてはまる言葉を選ぶのが難しい人です。

なぜなら人形作家でもあり、画家でもあり、デザイナーやスタイリストでもあったからです。
ですので肩書をなんと表現して良いか分からず、「アーティスト」と表現しています。

日本の可愛い文化の源流

中原淳一さんの作品は沢山ありますが、大きなお目々の可愛い女の子の絵が代表的だと思います。

もしお名前を初めて聞くという方には、日本の可愛い文化の源流になった人と言ったら分かりやすいでしょうかね?

今の日本には可愛いものが沢山溢れていますが、その流れを辿っていくと、中原淳一さんにたどり着きます。
--- 「ルネパンダ」が有名な内藤ルネさんも可愛い文化の先駆けと言われています。内藤ルネさんは中原淳一さんに師事していました。

もう十数年前ですが、初めて中原淳一さんのグッズを販売しているお店「それいゆ」にお買い物に行きました。

可愛いグッズを色々と買いまして、その中で一番奮発したのが椿姫の飾り皿でした。

 

椿姫の飾り皿・記念プレート

飾り皿 椿姫 中原淳一

● 価格:5000円(税抜)
● サイズ:横 19.8cm

中原淳一さんが描いた椿姫がプリントされた飾り皿で、2006年に限定100枚で販売されていた記憶があります。 50枚だったかな?

自分なりに奮発した覚えがあるので、値段だけははっきり覚えています。プチプラ商品を主に記事にしているこのブログの中ではお高い商品です。

中原さんの作品の中でも椿姫の絵が好きでしたし、限定と言われると余計に欲しくなりますね。

椿姫はアレクサンドル・デュマ・フィスの小説で、映画やオペラにもなっています。

 

こちらの飾り皿または記念プレートですが、購入した当初は飾っていました。

飾っただけで部屋が美術館になりそうな、とても素敵な商品です。

飾らないともったいないとは思いつつも、もし割れてしまったら…と考えてしまうので、箱に入れたまま保管しています。

そういえば2006年以降にも限定の飾り皿が発売されていたのかが気になりました。検索してみても何もヒットしませんでした。

 

中原淳一さんの椿姫について

飾り皿 椿姫 中原淳一

椿姫の絵自体は、1958年(昭和33年)に「ジュニアそれいゆ」に掲載されたものです。

「名作絵物語」という連載があり、そのタイトル画です。

飾り皿の写真を切り取った写真ですので、元々の作品とは色味が異なっています。

元々の作品はもう少し落ち着いた色合いです。

私の写真の撮り方の問題もありますが、お皿にプリントされている椿姫の方が目の青さが強いと思われます。

 

この商品が買えるかもしれないところ

実店舗

元々販売数が少ないので、見つけるのは難しいかもしれません。

レトロ系の雑貨を扱うお店やリサイクルショップにある可能性もゼロではないと思います。

インターネット

フリマサイト・オークションサイトに出品される可能性にかけるしかなさそうです。 

 

中原淳一さんについて

中原淳一 1913年(大正2年)~1983年(昭和58年)

昭和初期、少女雑誌「少女の友」の人気画家として一世を風靡。
戦後1年目の1946年、独自の女性誌「それいゆ」を創刊、続いて「ひまわり」「ジュニアそれいゆ」などを発刊し、夢を忘れがちな時代の中で女性達に暮しもファッションも心も「美しくあれ」と幸せに生きる道筋を示してカリスマ的な憧れの存在となった。
活躍の場は雑誌にとどまらず、日本のファッション、イラストレーション、ヘアメイク、ドールアート、インテリアなど幅広い分野で時代をリードし、先駆的な存在となる。そのセンスとメッセージは現代を生きる人たちの心を捉え、新たな人気を呼んでいる。
PROFILE - 中原淳一ホームページ

美輪明宏さんの『美輪明宏のおしゃれ大図鑑』に、中原さんについての記述があります。

当時の日本には長年の軍国主義によって心の余裕を失い、敗戦によって着るものも食べるものも住むところもなくした人々があふれていました。みんな生きるためだけに必死でした。その人たちに中原さんは、❝美しさ❞というものを思い出させてくれたのです。
美輪明宏のおしゃれ大図鑑

日本は「可愛いもので溢れている国」だと個人的に思っていますが、その景色が灰色になってしまった時期だったのですね。

おそらくこのブログを読んでくださっている方は、可愛いものが好きな方だと思います。
自分にとっての可愛いものや美しいものがなくなってしまうというのは、想像しただけで辛いですね。

そんな中、中原さんの可愛らしい少女の絵がどれだけ当時の人たちの心を潤すものだったんでしょうね。

 

「美しく生きる」というメッセージ 

中原さんは色々な分野を通して、「美しく生きる」ということを提案した方でした。

美しさというのは外見至上主義の意味ではなく、身だしなみや生活面といった内面も含まれています。

ですので中原さんの雑誌には、インテリア・ヘアスタイル・身だしなみ・マナーなどの記事も掲載されていました。

現在も中原さん関連の本は多く出版されています。

その中に書かれていることは、「シワになりやすい洋服を来て出かけた時は、電車で座るのをちょっと我慢しましょう」というようなことも書かれていました。

また「料理を作る時は、家族の分も一緒に作りましょう」というような、心から素敵な女性になるためのヒントも教えてくれていました。
--- しかし、自分で書いていて耳が痛いです。

 

デザイナーとしての中原淳一

中原さんがデザインした、白いブラウスに赤いフレアスカートといったお洋服は、今見てもものすごく可愛い。

全く古くないですよね。むしろ新しく感じるかもしれません。

中原さんのお洋服が素敵なのは、ちゃんと理由がありました。

中原淳一さんは、洋服というものを愛し、西欧において服がどうやって進化してきたかを研究なさって、服の神髄を極めた方でした。

(中略)

体型が扁平で胴長短足、しかも髪の毛が黒く重たい印象の日本人を美しく見せることに心を尽くし、どのような服を着こなせばいいかを広めようとなさったのです。
*美輪明宏のおしゃれ大図鑑

きちんとした研究に基づいた上で作られたお洋服ですし、デザインもとても洗練されていて何十年経っても変わらない可愛さがあります。

当時よりは日本人の平均身長も伸びて脚も長くなったと思いますが、世界的に見たら未だに胴長短足ですから、今の日本人にも似合います。

ブラウスとスカートに手袋と帽子というスタイル、私もしてみたい。

 

おわりのつぶやき

自分で記事を書いておきながら、自分の生活を振り返って恥ずかしくなってきました。もう少しちゃんと生活しようと思いました。

それでは。ごきげんよう。

 

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